【キャリア紹介】「開業」はゴールじゃない。鍼灸師が語る、独立のリアルと、人を育てる経営。|株式会社大八 鍼灸マッサージ師 佐々木大八先生

お話を伺った方
佐々木大八先生
株式会社大八|鍼灸マッサージ師
2000年開業・愛知県豊川市末広通4-3-3
「独立開業」という言葉を聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろうか。自由?リスク?夢?——愛知県で鍼灸マッサージ院を経営し、これまで4名の「卒業生」を独立開業へと送り出してきた佐々木大八先生に、独立のリアルをすべて話してもらった。
「独立ありき」で、この道へ
──佐々木先生が鍼灸マッサージという職業を知ったのは、中学2年生の頃だ。祖母が鍼灸を受けていたことがきっかけで、「なんだか不思議で、興味深い職業だな」と思ったという。ただそれ以上に、幼い頃から父親が宝飾品店を営んでいた影響で、「自分もいつか自営をしたい」という思いが根っこにあった。
佐々木大八先生 私の場合は、最初から『独立ありき』でこの道に入りました。鍼灸マッサージを選んだというより、自営をするための手段として選んだ、という感覚に近いかもしれません。
──高校卒業後は中和医療専門学校へ進学。在学中には先生の助言を受け、地元の整形外科で物療補助のアルバイトを経験した。リハビリ室でマッサージ師や理学療法士の先輩から直接指導を受けるという、恵まれた環境だった。
佐々木大八先生 あの時の経験は、その後の大きな武器になりました。学生のうちにああいった現場に触れられたのは本当によかったと思っています。
──卒業後は鍼灸接骨院、整形外科と勤務を重ね、毎日100〜200本の鍼を打つ環境で技術と経験を積んだ。そして中和卒業からおよそ3年、実家の目の前の土地が売りに出たことをきっかけに、開業計画が一気に現実のものとなった。
開業、その現実——通帳残高5,000円の日々
佐々木大八先生 開業当初は、朝から患者さんが一人も来ない日もありました。友人と終日、人生ゲームをして過ごしたこともあります。『リアル人生ゲームの方がよっぽど大変だ』と笑っていましたが、笑えない状況でもありましたね。
──ある月には、治療院用の通帳残高が5,000円ほどになったこともある。それでも佐々木先生が冷静でいられたのには理由があった。開業前に、2種類の事業計画書を用意していたのだ。
佐々木大八先生 金融機関に提出する順調なケース(A)だけでなく、最悪の場合を想定した撤退ラインの計画書(B)も自分用に作っていました。下限と上限の両方を持っておくことで、困窮期にも健全な判断ができたと思います。今でも独立希望のスタッフにはこの方法を勧めています。
──仕事がない時間を使って、地域の医療・介護関連事業者への営業資料を作り、一件一件説明に回った。地道な活動が実を結び、およそ1年以内には採算ベースに乗り、最初の求人活動を始めるまでになった。
経営者になって変わったこと、変わらなかったこと
──勤務時代との一番の違いを聞くと、こんな答えが返ってきた。
佐々木大八先生 勤務時代は、自分が育ててもらう側でした。開業後は、育てる側になりました。共に働く人たちが成長していく様子を見られるのは、独立ならではの喜びだと思います。
──一方で、想定外の試練もあった。それが、コロナ禍だ。
佐々木大八先生 施設への訪問がゼロになり、事業の存続そのものが危ぶまれる状況になりました。自分や自社の努力だけではどうにもならない、そういう局面があることを身をもって知りました。
──雇用調整助成金などの制度を活用しながら乗り越え、2025年にはコロナ禍での借入返済も終えた。「生き残った」という言葉を、先生は静かに使った。
大八で「卒業」する、という選択肢
──佐々木先生の院では、独立を目指すスタッフに対して段階的な支援体制を整えている。これまでに4名が「卒業生」として独立開業し、全員が現在も廃業せず事業を継続している。
佐々木大八先生 まず当社職員として一通りの業務をこなせるようになってもらい、その後、独立開業者としてのスキルへとステップアップしていきます。事業計画書を一緒に作ったり、物件の手配まで関わることもあります。
──独立の際には「開業パック」として、療養費支給申請システムや関連書類一式を無償提供。スキルさえ整っていれば、即日開業が可能な仕組みだ。さらに同一地域での独立の場合は「提携治療院」として、互いに業務を委託し合える関係を築いている。
佐々木大八先生 一方的なフランチャイズとは違い、対等な立場でお互いの仕事を支え合える。本当の意味でWin-Winになれる仕組みだと自負しています。
──独立後も卒業生同士の互助会LINEや月例の定例会があり、情報交換や相互サポートが続く。ビジネス上の関係だけでなく、「人と人のつながり」を大切にしているという。
学生へのメッセージ——開業は「ゴール」じゃない
──最後に、将来独立を考えている学生へのメッセージを求めると、佐々木先生は少し間を置いてこう話した。
佐々木大八先生 開業すること自体は、やろうと思えば誰でもできます。大切なのは、開業した後に地域から信頼を得て、事業を継続し続けること。それの方が、はるかに難しい。
──独立を「夢」や「ゴール」にしてしまうことへの危うさを、先生は静かに指摘する。
佐々木大八先生 まずは一定のスキルを身につけた上で、開業が本当に自分に合った選択なのかを自分で考えてほしい。当社では、『開業できない』のではなく、『開業できる』だけのスキルを持った職員を育てることを目指しています。開業するもしないも、自分で選択できる人になってほしいんです。
──自分の業界だけでなく、社会全体に目を向けること。様々な職業の仕組みに興味を持つこと。そこから初めて、自分が従事する職業の価値も見えてくる…そう先生は言う。独立を夢見る学生にとって、佐々木先生の院は「目指す場所」であると同時に、「学びながら選択できる場所」でもある。
取材協力:株式会社大八 佐々木大八先生


